クロエはグザビエの死後、ブルノーを極力避けるようになり、冷たい態度を取るようになりました。クロエの態度が気に入らないブルノーは私に文句を言い、クロエはブルノーの文句を言い。連絡事項は全部私がしなくてはならず、私は間に挟まれてどうしたらいいのやら。
クロエがブルノーを嫌う理由も数々あれど、一番インパクトがあるのがこのエピソード。
グザビエの具合が急激に悪くなりホスピスに入っていた時、ブルノーが一人で病院に来て、眠っているグザビエを無理矢理起こそうとしたそうです。
もうすぐ死を迎えようとしている時ですから、みんな気を使っている中の行動。ベッドの周りを囲んでいた友達たちは、びっくりして固まったとか。まあ、やりそうなことではある。
クロエがいなくなったあと、私は一人で上の階に引っ越し、ブルノーと顔を合わさなくなったのでずいぶん楽になりましたが、新しい引越し先がなかなか見つかりません。
一人暮らしのアパートは、このご時世小さなスタジオで800ユーロはします。
以前は、パリやロンドンに比べ、ブリュッセルは同じぐらいの値段で広いアパートを借りることができました。100平米の物件が1000ユーロしませんでしたが、通貨がユーロに代わってから20年以上経ち、だいぶん様変わりしました。
かつては、アパートの窓などに貸アパートの張り紙がしてあって、電話をして直接大家さんと交渉できたのですが、今は、張り紙はほとんど見当たらず、大体が不動産屋を通して探さなければなりません。今時に目につく看板は、アパートの売り物件ばかりです。
安い貸物件では、アパートを大勢の人が見にきます。
3ヶ月の給料明細を提出して大家が選ぶのですが、低所得で、失業手当をもらっている私は絶対に選ばれません。確実に家賃を払える人を入れたいという大家側の気持ちもわかりますが、私は完全な蚊帳の外です。
私は、アート関係の仕事、ガイドの仕事など、様々な仕事をしていたのですが、アーティストステートメントをもらえるほどは稼げておらず、結局のところ、長年、失業手当をもらっていました。
8ヶ月ぶりに組閣された新しいベルギーの連立政権は、かなり右寄り。財政を補うため、あらゆる分野での補助金をカットしはじめました。
これは、アメリカを初め世界全体の傾向ですが、ベルギーも類にもれず、学校、病院、文化、あらゆる分野の補助金が減らされています。
アパートの大家も失業者のステータスの人を店子にする気がありません。
今まで社会主義かと思うほどの手厚い社会保障の国だったので、いつか破綻するとは思っていましたが、このタイミングで来るとは。
ブリュッセルでは、頻繁にデモが行われていますが、あまり効果は現れていません。失業手当の制度も大きく代わり、徐々に受給者を減らす予定です。その人たちが頼るのが生活保護ですが、準備もお金も足りません。
私のアパート探しは全滅。この際シェアハウにも挑戦と、色々問い合わせていましたが、猫がいるため簡単ではありません。
ブルノーは、たまたま覗いた家が、半分貸し出す予定で工事している最中だったそうで、そこにちゃっかり入ることになりました。
私は、四面楚歌。かなり追い詰められていました。
ブルノーの「もし見つからないなら、別の人を見つけて、ここを借り続ければいいじゃないか」という言葉に洗脳される前までは、死人の多いこのアパートを出たい一心で、その選択肢は考えていませんでした。
ブルノーから何回も何回もしつこく同じ事を言われて、遂には、それもありかもと思うようになってしまいました。(こういうことも厄介事のひとつで、彼の言うことを聞いてひどい目にあったことが何度もあるのに、またやってしまった。恐るべき洗脳力。)
ブルノーが本格的に出て行くまであと1ヶ月というところで、万策尽き、シェアできる人を探すことにしました。
ところが、これがこれから始まるもっと大きな騒動の元になったのです。
Facebookで募集し、何人か部屋を見に来た人がありましたが、決まるまでには至らず。友達の知り合いだったロシア人の写真家ミナに聞いたら、興味あると言ってきました。
広いスペースが気に入ったようでした。「これなら現像機がおけるね、と言っていました。」
次の日、入居したいとの電話が来ました。
ただ、大家と直接話がしたいというので、電話番号を教えました。
そして、その翌日、ミナからキャンセルの電話がありました。
大家がいつ家の工事を始めるかわからないので、長く住めるところを選びたいという理由でした。
ミナは信用できる人だったし、私はかなりがっかりしました。
しかし、あと半月を切った段階で、どうにかしなければなりません。一人で全部家賃を払うことは不可能です。
Facebookでコンタクトしてきた女の子が部屋を見に来ました。
ブルノーが契約から外れ、私の契約を延長する形にするので、敷金もありませんし、彼女はすぐに入ることを決めました。
彼女の名前はラハマ。チュニジア人の若い、といっても30歳ぐらいの女性で、ボーイフレンドも一緒に住むと言っています。クロエとグザビエもカップルだったし、別に問題ないと思いました。
それで、光熱費は3人で折半、家賃は月末の私の口座に振り込む、など細かい話を決めました。
wifiもシェアしたいと言うので、半分払ってもらことにしました。
大家に話をつけて、契約書の名前を変えてもらうなど、ここまでは順調でしたが、この後、どうも雲行きがおかしくなって行くのです。
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