12月に入って、めきめきと寒くなってきました。
もう外に出るときには手袋が必要です。
猫のルルンも、冬になるとあまり庭に出なくなります。
私も家にこもっているので、通りすがりに目が合うと必ず声を掛け合います。
時々隣の部屋からルルンのいびきが聞こえて来ます。
猫との静かな生活。
ベルギーのコロナ状況は、入院者数が1ヶ月前に比べて半減したそうです。
やっぱりロックダウンはそこそこ効き目があるのかもしれません。
それでも死者はいまだに平均一日123人。これを0にするのは時間がかかりそうです。
劇場関係の人たちも大変な時期を過ごしています。演目は延期に次ぐ延期。
最後には中止になることもあるようです。
何年か前から、お芝居の小道具やコスチュームの仕事が時々入って来るようになりました。
しょっちゅうではなくちょくちょく、というのがちょうど良い感じです。
こんな時期ですが、今でも進行中のプロジェクトに参加していて、のんびり家でコスチュームを作っています。
一昨年は、テアトルマートというカンパニーの仕事をしました。
それは、夏前のちょうどいい季節に、フランスの田舎の素敵な場所にカンズメになるという仕事でした。
私がアートセラピーの学校にいた時の先生、ミハエルが、演劇の舞台美術のアシスタントとして声をかけてくれました。
コスチューム担当のイザベルと、私と、ミハエルの3人でブリュッセルから車で6時間かかるフランス、ロワール川近くの街に出かけました。
人口350人のとても小さな街ですが、11世紀に作られたお城が建っています。
その名もChâteau de Montrésor シャトー・ドゥ・モントレゾール(私の宝物城) 。
仕事をしに行ったので、さすがに観光はできませんでしたが、ちょうどバラの季節で、家々の垣根にたくさんの花が咲いていました。
私たちの仕事ですが、アトリエにこもって1週間、大道具の制作です。
そのアトリエは、ブリュッセルにあるカンパニー、テアトルマートのオーナーカップルの持ち家の一角にあります。広い敷地に家が二つあり、片方は母屋、片方はスタッフ宿泊用です。
そしてもう一つ、敷地の端っこの方に建てられた体育館のような、そして神殿のような、壁がなく柱だけの不思議な建物がアトリエです。
晴れの日は開け放し、雨の日は大きなネットのカーテンを閉めます。
まるで外で仕事をしているような気分です。
劇のタイトルは「Archipel」アシュペル(群島)。
長い間、島でたった一人で暮らしていた住民のところに、ある日、2番目の人物がやってきます。そこで水や食べ物の取り合いが始まるのですが、最後に二人で協力して大きな鳥の卵を手に入れる、というお話。
私たちは、その群島を作るために来たのです。
私とイザベルは、アトリエに自分のミシンを持ち込んで、ひたすら大量のコサージュを作りました。
コサージュは、枯れた花のような、海の植物のような、色あせた素材で作られ、島の周りに縫い付けられるのです。
その間に、ミハエルは島の土台になるものを作っていました。
何を隠そう、この家にはプールがあります。最初から「水着を持ってくるように」とミハエルに言われていました。
何と言っても、空気はいいし、天気はいいし、夕方からプールでひと泳ぎして、美味しいご飯を食べて、軽くワインも飲んで。
そんなこんなで、みんなリラックスしすぎるほどのんびりしています。心配性の私としては、こんなことで島が完成するのだろうか、と、思っていたところ、やっぱり完成せず、なんと追加で、再度1週間、この家に来ることになりました。
日本で美大生の頃は、休みの度に東宝撮影所の大道具科でアルバイトをしていましたが、こんなにのんびりした仕事は一度もありません。
テアトルマートを運営しているアディとマルタンは、休みの度にフランスに遊びに来ていましたが、この地方がとても気に入っていたため、ちょっと家を探してみようか、と思ったそうです。
すると、不動産屋からいい物件があると言われ、一番最初に見に来たのがこの家だったとか。一目見るなり買うことにしたそうです。
家を買う時ってこんなものなのでしょうか。やっぱり恋に落ちるのかな。
ほとんど同時に不動産屋に来ていたイギリス人が、ひと足遅れて来たときにはすでに遅く。腹を立てて「これは私の家だっ」と騒いだそうです。
アディとマルタンは、拠点を少しずつフランスに移し、次の公演が終わったら演劇活動は引退してこの家に本格的に住むそうです。
政治的にも、しっかりと街の役所との関係を作り、お祭りや文化事業に関わるつもりだとか。すでに夏のワークショップなども始めていて、随分と遠くから人々がやって来ます。
この家の周りは一面畑で、ちょっとした森が遠くにあります。
私とイザベルが、夕方のひと時、アトリエから出て芝生の上で一息ついていると、何か大きなものが私の目の前を走り抜け、プールの向こうの茂みに消えて行きました。
しばし呆然としていましたが、私が見たのは、庭を横切った一匹の鹿でした。
ベルギーの森でも、遊歩道を外れると、時々鹿に遭遇することがありますが、こんな近くを走る鹿の躍動を感じたのは初めてでした。
私は、ブリュッセルにいる相方のブルノーに、「私、鹿を見ました」と一文のメッセージを送ったら、後で、「何?あれ、ポエム?」と言われました。そう、確かに詩のような体験でした。
実は、最近見たばかりの、とてもリアルな夢があります。自分の家の庭で隣の猫たちを見ていると、私の右側の視界から大きな黒いクマが現れ、すごい勢で、私の目の前を走り抜ました。そして家族がいる家の方に走っていくのです。
父や弟たちがテラスにいるのを見て、私は大声で「早く家に入って、クマが来た!」と叫んでいます。すると、クマは、半開きになった入り口のドアの方へ突進していくのです。私がみんなに家に入れと叫んだすぐ後に。パニックになったまま目が覚めました。起きた途端「ああ、やばかった、やばかった。」と大声で独り言を言っていました。
クマが私の横を通り過ぎた時の感覚が、鹿を見た時の感覚と同じでした。
何か、あの時の空気が体に残っている感じです。
私たちが仕事をしている時は、いつもマルタンが美味しいご飯を作ってくれました。面白かったのは、「今日のランチは白アスパラガスよ。」というお知らせがあった時です。卵は1個がいい?2個がいい?と聞かれました。ベルギー料理では、茹でたアスパラにゆで卵のミモザソースをかけて食べます。ここでは、ゆで卵が丸のまま出て来ました。
2個頼んだ人の皿には、2個の卵がゴロンゴロンと乗っています。
これを自分で潰して味付けして食べる、というわけです。
別にソースなんて作らなくてもそれでいいのです。それぞれ好きなようにすれば。
当然といえば当然のことなのですが、私のなかで、ちょっとした思考の転換が起こった瞬間でした。料理についての考え方が、日本とは全く違うのです。
日本では下ごしらえに時間をかけます。
ただ 野菜を切っただけの料理でも、細かく綺麗に切ろうとします。
でもヨーロッパの家庭料理は、本当にざっくばらんです。適当です。
でもとても美味しい。素材自体が美味しいってことなのかもしれません。
そして、見逃せないのが、この街のスペシャルマカロン。モントレゾールは、マカロン発祥の地なのです。
帰るときに街の中心にあるお菓子屋さんに寄って、3人であるだけ買い占めました。とても美味しかったので、2回目に行った時は、出発前に受け取れるよう注文しました。
今流行りの、そこら中で売っている色とりどりでクリーム入りのマカロンと全く違う、大きくて素朴で朴訥なお菓子。
美味しいものって、すぐ食べて無くなってしまうから寂しい。
この時の体験があまりに楽しかったので、モントレゾールの話を、初対面の方に熱く語ってしまったところ、その方は、私の顔をじっと見て、「あなたは幸せな人なのですね」とおっしゃいました。
面目ないことです。確かにその通りなのかもしれません。
最後にアシュペルは、ベルギーのHuy(ユイ)という街の演劇フェスティバルで上演されました。
子供のための演劇フェスです。
そしてスタッフ全員が、こけら落としの公演で花束をいただきました。
ちょっとしたサプライズ。
その夜は、ユイのレストランで、大きな Boulette Liégeoise (リージュ風ミートボール)をいただきました。それもミハエルのおごりで。
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