エキストラ考

5月のことです。

映画のためのオーディションを受けました。

以前まちのカフェでアジア系の出演者を募集している張り紙が出ていて、面白そうだと思ってエージェントに登録しました。単純に好奇心からのことです。

この時は、「La Vocationというタイトルの映画で、精神病院の患者の役でした。

年配の教師をしていた女性が、逃れられないトラウマから発症し入院しているという設定の人物です。

監督は、ベルギー人でゲリンヴァンフォルストソフィー・ミュセル

カメラテストもほどほどに、アートセラピーや映画の話で盛り上がりました。

オーディションのことなど忘れかけた頃、監督のアシスタントから、あなたの経歴は興味深いので、エキストラとして参加しませんか?というメールが来ました。

とりあえず最初のミーティングに行ってみることに。

 

会場は、大きな精神病院の隅にある食堂でした。

エキストラはみんなで30人弱はいたと思います。全員患者役です。

病院の中を患者がウロウロしていなければならないので大人数のエキストラが必要なのですね。

ほとんどがすでにエキストラ経験者で、シアターのクラスをとっている人も多く、こういう人たちがいるのかと、ちょっと驚きでした。

 

映画監督のゲリンにとっては2本目の長編映画。ソフィ は 劇団の舞台監督で、彼女の舞台では、プロの俳優の他、精神病の経験者、その親族、介護者たちが出演しているとのこと。この映画のストーリーの原案は、彼女のインスピレーションから来ているそうです。

ゲリン監督の説明では、彼の撮影方法は、フィルムを切ったり貼ったりの編集はほとんどせず、一つのシーンは一続きのものとして撮影すると話していました。そしてエキストラは演技することは考えず、自分の人生がここにあると思ってやって欲しいと。

ふむふむ、これは面白さそうだと思い、やってみることにしました。

その後どういうことになるかも知らず。。。。

 

中庭にある大きな木

 

 撮影現場は、ミーティングをした病院の一角を借り切って行われました。

私たちエキストラは、いくつかのシーンに分かれて呼び出しをかけられましたが、映画業界の常なのでしょうか、前日の夜に時間の変更がメールで知らされるなど、かなり振り回されました。その上、大抵が聞いていた時間には終わらないのです。

それは仕方ないとしても、さらに監督が言っていた通り、同じシーンを30回繰り返すという地獄を見たのでした。


今年の5月、6月は結構暑い日もあって、窓が開かない精神病院の中はまるでサウナ。みんな暑さでフラフラ。

役者さんたちも、本当に大変。役者は体力と集中力だよ。よく最後まで緊張感を持って演技できるものです。

 一度は夕方から夜の2時過ぎまでかかる撮影があり、低予算のためタクシー代も出ないということで、わざわざ行き返りに自転車を使ったことも。帰りは夜中のブリュッセルを疾走しました。

 

La Vocationとはフランス語で「天職」のこと。精神病院に研修他のために来た看護師の女性が、現実の精神病棟を体験し、その中で成長するというお話です。

主役の看護師見習いのアレクシアと、精神病棟に入院する少女ミラ。そしてイケメンのタイス。タイス役の青年はフラマン人で、最近はフランス語圏のドラマにも出演しているとのこと。

ミラ役のサーシャは新人。まん丸くて真っ白でピュアな感じがたまらなく可愛い。絵本に出てくる女の子みたいで、こっそりノートに彼女の顔をデッサンしました。

 
 

なぜ、みんなエキストラにハマるのか考えてみました。

私以外の参加者は、何件もエキストラを掛け持ちして、ネットでいつも仕事を探しています。

税金を申告しなくてもいいとはいえ、給料は安くて拘束時間は長い。

それでもやっている人たちは、ほとんどの人が時間に余裕のある人たち。

バーンアウトして休職中の人、退職した夫婦など、フルタイムで仕事をしていない人 。

この映画に関していえば、実際に精神病で入院していた経験があって、どうしても出たかったという人もいました。中には、遠くリエージュの街から来ている人たちも。カウンセラーの女性もいて、待ち時間にいろんな話をしました。コンゴ出身の男性が、彼女を質問攻めにしていました。精神病棟の窓が開かないので院内の閉鎖感に耐えられないとぼやきつつ。

これは、飛び降り防止のためでしょう。とはいえ、息苦しいのは確かです。

イライラして彼のほうが病気になりそうでした。 

 


誰が書いたのか、壁に落書き。

私が嫌いなのは、

1,人々

2,敵

3,ここにいること

4, 自由

 

常にエキストラの仕事を探している人たちは、さぞや映画が好きなのかと思っていたら、映画の話をしても乗ってくる人はほとんどいませんでした。「私、映画見ないから」だって。謎ですね。

ちょうどカンヌ映画祭がやっている時期で、カンヌでどの映画が賞をとったとか、いろいろ話を振ってみましたが、参加者たちはそういうことには全く興味がないようでした。

確かに、スタッフや俳優さんと気さくに話ができたりするのは楽しいし、自分があの映画に出たよ、と自慢できたきたりするのがいいのかな。

 

イタリアのおじさんが、ぜひこれに応募しろと教えてくれたのが、ラルゴ・ウインチ3のエキストラ。

アジア人を大量に募集しているからすぐ採用になるよ、ということですが、撮影現場はシャルルロアという工業地帯で、わざわざそんなに遠くに行きたくないし、だいたいラルゴ・ウインチってなに?

調べてみると、ハリウッド並みのアクション映画。元々ベルギーの人気バンド・デシネ(漫画のこと)だったそうで、すでに3話目の映画化です。

人気があるようですが、私は全く興味なし。

で、無視していたら、別区方面から、これに応募しろとしつこくメッセージが届く始末。モデルをしているベトナム人の知り合いのおばちゃんです。

もちろん応募はしませんでしたが。よほどたくさんの参加者が必要らしく、ベルギーのアジア人の中で話が回っていたようです。

しばらくして、ベトナム人のおばちゃんから泥だらけになって働いている写真が送られてきました。

シャルルロアは、昔炭鉱がたくさんあったので、掘った穴に水が溜まっているところがたくさんあります。どうやらそんなところで労働者の役をやらされたのですね。行かなくてよかった。本人はとても楽しんでいたようですが。撮影はドローンがやったとか。

 

私の楽しみ方といえば、使っているカメラや照明、あらゆるものを観察して、大道具、小道具さんの有能さに感心することでした。

1分おきに変わる天気をチェックするため、雲の動きを見る係りがいることを知りました。雨を降らせる装置も面白かった。

 

雨を降らす機械を設置中

 

ベテラン看護婦さんから薬をもらうシーンでは、女優さんがどうしても私の名前が覚えられないので、「このセリフもう言わないから。」と勝手にカットされたりしました 。

私がオーディションを受けた役は、背の高い足の悪いご婦人がやっていました。

聞いてみると、マダガスカルとブラジルとベルギーの血が混ざった女性で綺麗な人です。みんなが「あなたは一応俳優待遇なんだからいいよね」というと、「えーそんなことないのよ。セリフもすぐ忘れちゃうし。」って。可愛い人です。

私たちがいる談話室に車椅子で運ばれてくるシーンでは、必ず、「私のセリフなんだっけ?どうしても間違えちゃうの。」と何度も練習していました。

もう一つの楽しみは、シナリオを勝手に想像すること。私たちはのシナリオの全体を知りませんから、自分の出たシーンでしか話の進展がわかりません。色々想像して待ち時間を潰していました。

最後にみんなでパーティーをしている場面では、タイスとミラがそっと抱き合うシーンがあり、えーそんなラブストリーの展開なのっ?と一人で驚いていたり。

このシーンは映画の大事な要素ではないのよ、スタッフの誰かが言っていましたが、ちょっとドキドキしてしまいました。今まで参加したシーンでは、アレクシアとタイスの絡みが圧倒的に多かったのですから。

 

若いスタッフたちは、みんなおしゃれで、それを観察するのも楽しみの一つ。

朝から晩まで働いているのに化粧もバッチリだし。ミニスカートや腹出しの可愛い女の子たち。顔にシルバーや青の色の塗っている男の子。にみんなシャキシャキと動いて流石です。

カメラは二人がかり。女性のカメラマンが肩にカメラを乗せて、サポートに男性が後ろから支えます。映画って本当に肉体労働ですね。

以前、映画のワンシーンでかぶる帽子を作る仕事をしたことがあります。

コスチュームの割り振りをする女の子が持ってきた仕事なのですが、彼女は若いのに髪にたくさんの白髪が。。。 

仕事がきつくてこうなっちゃったの。とぼやいていました。

帽子も、あーでもないこーでもないと変更した割には、最後適当に形を変化させて女優さんにかぶせていたので、そんなに変更する必要あったのかな、疑問に思ったり。

なかなか大変な現場です。

 

1ヶ月半ほどかかって、エキストラが必要な撮影は終わりました。

なんだかんだで楽しかった。普段は絶対合わないような人たちとも話せたし。

早く出来上がった映画が見たいものですが、編集などやることがたくさんあり上映されるのは来年です。

そして最後に、アシスタントからメールが届きました。

エキストラの一人が他のエキストラやスタッフたちを罵倒、脅迫するメッセージを送っていたとのこと。誰がやっていたのかはわかりませんが、みんな仲良くやっていたのに残念なことです。

脅迫メッセージを送られた人に対して、みんなあなたの味方で後ろについているから心配しないで、と結ばれていました。

映画の外でも映画の中のように、いろんなことが起こります。ジェラシーや猜疑心など、人間の心の中には何かしら渦空いてる。


映画の中ではエキストラでも自分の人生では主役なのだから、しっかりと演じて生きたいよね。
 


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